道半ば 空せみばかり なおのこと…
002 オートフォーカス人生観
最近、電車の中で新聞を読んでいる人をほとんど見かけなくなった。圧倒的にスマートフォンの画面を見ている人が多い。何をしているかといえば、動画視聴やゲーム、漫画を読む、メッセージのやりとり、といったところのようだ。
多くの時間を自分の興味のあることに費やし、常に自分自身に焦点を合わせている、まるでオートフォーカス。背景は薄く、ぼやけている。
自分の背景にある、社会の仕組みへの意識が薄いのではないだろうか。
ところで、新聞と学校には似たところがあると常に思っている。自分が興味を持っていない世界に触れる機会を与えてくれるところだ。一見無駄にさえ思える時間を過ごすことは、切り取った記事をインターネットで見るだけでは得られない経験だ。自分の背景にある「社会」を鮮明にし、その中にある自分の姿を浮き彫りにしていく。
「切り取った言葉」「わかりやすく」ばかりでは、背景は薄く、ぼやけていってしまうだろう。その瞬間わかった気になるだけのことなのだ。たとえ、その瞬間はわからなくても、何かの折にハッと気づかされたり、だんだんと理解できるようになったり、人生にはそういうことも必要だろう。
例えば、展覧会があったとする。飾られている絵画が、すべてオートフォーカスされた自画像ばかりだったら、観客は飽きてしまわないだろうか。
ジャン=フランソワ・ミレーの絵画のような、背景の中に「生きる」人の姿を描いた作品に魅力を感じる人もいるのではないだろうか…
(2026年2月28日 担当S)
関連データ
データは「日本新聞協会 新聞の発行部数と世帯数の推移 1世帯当たり部数」と「学校基本調査 高等学校(通信制)私立独立校数」を使っています。
新聞部数は2006年に1.02であったのが、
2025年には0.42と減少傾向です。
私立通信制高校数は2006年に61校であったのが、2025年には137校と20年で倍以上に増えています。
さらには生徒の若年化が見られるようです。
中学校卒業後すぐに通信制高校に進学する生徒が増えているということです。
1世帯当たりの新聞部数と私立通信制高校数の相関係数は-0.991で、強い直線関係があります。
経済的事情だけではない、人生観の変化があるのかもしれません。


